ヨナニム

2015、ヨナニムインタビューPart2:お母様との最後のミーティング

2016/12/21

2015 秋:ヨナニムインタビューpart2より

その後、あなた達は何をしたのでしょうか?何かやることを決めたのでしょうか?

私達はアメリカに戻ってきました。亨進様は特に退任式もありませんでしたので、メンバーとのお別れをこめて、、、私たちは7シティツアーをやり、お母様と約束した3年間で真の父母様が誇りを持つことができる教会にしようと、彼はこのことを伝えるためにいろんなところを回って伝えていこうとしていたのですが、実際には私達は空気の中のどこかに、、消えてしまったような状況であり、メンバーにとってもとても異様な状況なので、、、亨進様は3節の手紙を書くことを決められました。
絶対性を教え続けたいこと、また彼はこの突然の解雇に対して、少しは驚いたことなどですが、でも彼はポジティブな姿勢を持ち続けられました。
しかし、お母様はこの手紙に対して非常に怒られたのです。お母様はとても手紙の内容に怒られ、すべてのリーダー、40人の主なリーダーを集められたと誰かに聞きました。
実際に主なリーダーの一人が私達の家を訪問してきて、亨進様に、お母様は非常にこの手紙の事で怒られているから、どうかお母様の前で悔い改めるようにと説得しようとされました。お母様は40人のリーダーの前で泣かれたようです。それで「どんな親不孝の息子がこのようなことをお母様にするのか?」と言われました。
亨進様は、私はただ辞表を書いただけだと言われました。そこには何も怒るような内容はないのだけれども、、。
でも、お母様は謝罪を強く求めてこられました。「あなたは3週間以内に私のところにきて謝罪しなければなりません!」その他に、お母様が亨進様に何を言われたかは知りませんが、お母様が直接言われたわけでなく、大使として、リーダーの一人を送って、お母様の意向を伝えてこられたのです。
基本は、3週間以内に来て、謝罪し、悔い改めなければならないという内容です。
その後、亨進様は、、、みなさんもご存知にように、彼はいい人です。彼はお母様を愛しておられます。本当に愛しておられるのです。そして私も彼に韓国に行ってお母様をこれ以上怒らせないようにと説得しました。
亨進様はお母様のところに行かれました。それは、、、その時を振り返れば、私はとても臆病でした。私がやったことを振り返ると、とても情けない私でした。
私は彼に、「ハニー、どうかお母様には何も言わないでください!」私は彼が言いたい意見は知っているので、
「何も言わないでください。ただ顔を出して息子が来ました。あなたの気分を害したなら謝ります。と言って、そして出てきてください。それだけがあなたが成すべき事です。わかりましたか。」と言いました。
しかし、亨進様はもちろん、私が願ったようにはしませんでした。
でも私はこのことは言っておきたいと思います。亨進様はとてもお母様に敬意をもたれています。彼は実際お母様の前で膝まずかれて、話されている間お母様を抱擁されました。

彼はお母様に「お母様、あなたは天聖径を変えることはできません、あなたは神様の呼び方を変えることはできません。あなたを愛していますが、あなたはこのようにすることはできません。もしあなたが、これをすれば教会が分かれてしまいます。お母様、このようにあなたにいうことには本当に申し訳ありません。もしあなたがアメリカにこられたときは、そしてもし私に会いたければ、私はあなたにあなたが買ってほしいものを買ってあげます。でも私はお父様に反対するような何かをやることは正しくないと信じているのでできません。お父様と約束したので私にはできません!」
そして、彼の姿勢は、とても謙虚なものでした。とても謙虚でした。

姉妹が部屋の隅のほうにいました。彼女はお父様の義理の娘です。そして彼女達は泣いていました。また、その他にスタッフの姉妹達もいましたが、みんな泣いていました。
彼女らは亨進様がなされた事に感謝していました。お母様は非常にそのことで怒られていて、お母様はそれをとても大きなことにされました。だからお母様はすべてのリーダーを呼び集められました。
しかし、亨進様はお母様を抱擁されようとしました。彼はアメリカにいましたが、韓国に行ってお母様を抱擁されました。そしてもどって来た後、お母様は次々と変えて行かれました。次々に変えられ続けていかれました。
家庭盟誓を変え、聖婚問答を変え、亨進様が説教のなかで語られた事柄を変えていかれました。それで亨進様は沈黙を破ることを決意されました。

お母様との最後のミーティングは?

2013年、亨進様はお父様の聖和記念式の時にお母様に会いに行かれました。彼はお母様にまた同じ事を言われました。私はとても恐れていました。私は何も言うこともできず、ただ凍りついたように床を見つめるだけしかできませんでした。亨進様はお母様に、「あなたは、このようなことはできません!」「あなたは、お父様の御言葉を変えることはできません!」彼は再び、繰り返して同じことを言われました。
それから、私が覚えているのは、いつかは忘れましたが、亨進様はラスベガスで会われました。彼は再びお母様に会われて同じ事を言われました。「あなたはこのようなことはできません! もしあなたがやり続ければ教会は分断してしまい、お父様は喜ばれません。」
しかしお母様はお父様が、お母様がなされていることで喜ばれていると確信をもっておられました。お母様のスピリットは、とても純粋であり、訓母様のことを持ち出して、彼女がお母様に、お母様は非常に純粋(Pure)であり、お父様は霊界で嬉しがっておられると言われたと。
その後も何度か電話されました。母の日にお母様に電話をかけられたり、お母様の誕生日には花を贈られたり、そのようなことをなされました。
私たちが、ラスベガスで会ったときは、会話の途中でお母様は立ち去られ、母の日に電話をしたときは、亨進様は、「お母様、愛しています。」と言われましたが、お母様は、「私は会議中なので、行かなければなりません。私はあなたの電話に応対することはできません。私は忙しいのです」と立ち去れました。
私達は2014年の昨年、お父様の聖和記念式の頃、清平に行きました。でもお母様は亨進様と会うことを拒まれました。
お母様は、もしあなたがお父様の聖和記念式に参席し、あなた自身顔を出さなければ私はあなたに会いませんと言われました。
だから私達はお母様に会うことはできましたが、そのときのお父様の聖和記念式には、彼らが、清平が創った天一国憲法が出されていて、そのため亨進様は「もし私が参席すれば、私はお父様の意志に反するこの憲法に同意することになるので私は参席できません。」と言われました。

※翻訳されたFollow My Heartさんの許可を得て、少し要約してあります。

これで最後となります。翻訳してくださったFollow My Heartさんに感謝いたします。
ヨナニムインタビューpart1、part2を資料プリントアウトのページに、動画を動画で見ようのページにアップしました。
2015年なので下の方にあります。

 

 

 

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