子ども礼拝

小さな子ども礼拝

今までは「教会で子女教育する」という観念が大きかったと思います。
私も数年間、子女教育のスタッフでした。
そこには大人の描く理想がありました。こうして、ああやって、このレールに乗っていけば、信仰も、二世の共同体も育つというものです。
でも数年やって、教会での全体で行う子女教育のメリットデメリットを知り、現実、課題にぶつかって、改善しようと努力しました。
しかし、一度出来上がった組織的な形を変化させるというのはとても困難でした。
同意見もあれば、「メリット」を重視して既存のままでいこうという意見もあり、後者がより大きく、そして「組織」の壁にぶつかり、、、同じ意見の同士と共に小さな展開を試みていました。

数年で得た子女教育の答えは「家庭」です。

当たり前だとおっしゃられる方もいるでしょう。でもその当たり前のことが浸透していない現実がありました。それはむしろ組織のスタッフ側にあった気がします。

教会学校を否定しているのではありません。そこでの恵みも大きいものです。
しかし、それはあくまでツールのようなもので、基本は「家庭」ということです。でも「組織」でいろんな教育企画があると、「依存」「参加による安心感」が生まれてしまいがち。「先生」役のスタッフへの「期待」と「要望」が出てきて、「先生」役のスタッフは同じ親という同士に過ぎないことをいつしか忘れて「責任者」となる。

スタッフは企画責任者であったとしても、教育責任者というのは最終的に「親」でしょう。

そうした「基本は家庭である」という意識の土台の上で数家庭が集い、あるいはグループで協力し合って、互いに互いの子供を家族として育てていくならば、素晴らしい文化になっていくと思います。

どうして先に述べたような結果を生んでしまったのだろうと考えると、「組織」の意識が強く、話し合いの文化形成ではなく、トップが決めて現場に方針が下りてくる形が子女教育にもあったからかもしれません、、、。「親」である大人もそうした教会文化で「主体的に考えて行動する」ことを失ってしまったというのか。
数年前からさかんに親への教育といって、それすら「何名出るか」なんてノルマみたいな、、、こともありましたが、内容はごく一般的なこと。
普通に意識のある人なら、自然にいろんな媒介から得ることのできる内容です。

小さなお子さんをお持ちの方、今は教会学校というものが近くになくても、いずれグループ活動を共にしましょう。

そして

家庭でこうしたゴスペルをお子さんと共に賛美するのはどうでしょうか。

家庭での小さな子ども礼拝に使えるものも紹介していきたいと思います。

中高生以上になるとまた違ういろんなことがありますよね。
それはまた別途、書いてみたいと思います!

父母は、息子、娘にどのような教育をしなければならないのでしょうか。知識教育をするのではありません。愛の教育をしなければなりません。父母が一つになる姿を見せて教育しなければならないのです。

天聖経 第九章 真なる子女教育 一 父母は子女をどう教育すべきか

 

アージュ!

 
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