亨進様説教 聖書

ネヘミヤは、片手で建設、片手で防御した

ネヘミヤ記はイスラエルの民がバビロン捕囚から帰ってきてから、神殿の再建をするまでの歴史を記録しています。

ネヘミヤ記はゼルバベルの指導で始められたが途中で中断されたエルサレムの城壁の建設の完成の記録です。
しかし、同時に多くの困難の中に行われたネヘミアの忠実な働きの描写でもあります。
その目的はバビロンから帰って来た小さなユダヤ人の群れに安全な場所を提供することだけではありませんでした。
そのもっとも大切な目標は、民を悔い改めに導くことによって神様の掟を守ることによって、その群れに霊的に安全な場を目指す所に有りました。

ネヘミヤはメード・ペルシャ王国のアルタシャスタ王(464ー24)の献酌官であった。
献酌官とはトップレベルの王様の安全を確保するトップレベルの警備員長でした。
王様の飲み物や食べ物に毒が入らないように対策をとる責任がありました。王室の中で成功して高い地位にまで昇ることが出来た理由は彼の生まれつきの性質と人柄にあったと言えるでしょう。彼は物事を判断するには極めて鋭い頭をもって、自発的な行動力の持ち主でした。
王様の安全を守らなければならない仕事上細かいところまで総てを把握して、起こりうる事を見極めて、対策を立てることの出来る才能をもっていました。彼の人柄のこれらの事はネヘミヤ記に明確に記録されています。

(引用:ネヘミヤ ー 霊的な指導者とリバイバルの器 ー 旧約聖書のネヘミヤ記の学び)

 

ネヘミヤ記:4章

6・こうしてわれわれは城壁を築いたが、石がきはみな相連なって、その高さの半ばにまで達した。民が心をこめて働いたからである。
7・ところがサンバラテ、トビヤ、アラビヤびと、アンモンびと、アシドドびとらは、エルサレムの城壁の修理が進展し、その破れ目もふさがり始めたと聞いて大いに怒り、 8・皆共に相はかり、エルサレムを攻めて、その中に混乱を起そうとした。
9・そこでわれわれは神に祈り、また日夜見張りを置いて彼らに備えた。 10・その時、ユダびとは言った、「荷を負う者の力は衰え、そのうえ、灰土がおびただしいので、われわれは城壁を築くことができない」。
11・またわれわれの敵は言った、「彼らの知らないうちに、また見ないうちに、彼らの中にはいりこんで彼らを殺し、その工事をやめさせよう」。
12・ また彼らの近くに住んでいるユダヤ人たちはきて、十度もわれわれに言った、「彼らはその住んでいるすべての所からわれわれに攻め上るでしょう」と。
13・そこでわたしは民につるぎ、やりおよび弓を持たせ、城壁の後の低い所、すなわち空地にその家族にしたがって立たせた。
14・わたしは見めぐり、立って尊い人々、つかさたち、およびその他の民らに言った、「あなたがたは彼らを恐れてはならない。大いなる恐るべき主を覚え、あなたがたの兄弟、むすこ、娘、妻および家のために戦いなさい」。
15・われわれの敵は自分たちの事が、われわれに悟られたことを聞き、また神が彼らの計りごとを破られたことを聞いたので、われわれはみな城壁に帰り、おのおのその工事を続けた。
16・その日から後は、わたしのしもべの半数は工事に働き、半数はやり、盾、弓、よろいをもって武装した。そしてつかさたちは城壁を築いているユダの全家の後に立った。17・荷を負い運ぶ者はおのおの片手で工事をなし、片手に武器を執った。
18・築き建てる者はおのおのその腰につるぎを帯びて築き建て、ラッパを吹く者はわたしのかたわらにいた。

 

神様が与えられた使命を果たす途中には妨害する天使長が存在する、、、。

亨進様の、2008年2月3日の説教にネヘミヤについて語られた箇所があります。上記の聖句は亨進様の引用された箇所を含んでいます。

私たちが成功することのできる鍵は、神様が私たちに下さった潜在力! いつも私たちのために、神様があらかじめ95%を準備してくださるということを信じ、そのみ意の中において私が今、前進すれば成功するだろうという信仰です。他のある人を通してではなく、私自らが、成功できるだろうという気持ちをもつことが、とても重要だと思います。

中世時代、投石器という武器がありました。しかし、その名のとおり石を投げるのに使われるより、伝染病に感染した死体、あるいは動物の死骸を投げるのにたくさん使われました。敵陣に伝染病を広めて、相手側を倒すために使われたのです。

私たちが私たちの人生において、神様が計画されたとおりに一生懸命生きようとするとき、このような武器を使って、その計画を妨害しようとする天使長たちが存在します。良くない話をする人たちがいるならば、片方の耳で聞いて、もう片方の耳から流してください。私たちが何かをするたびに、そのような天使長のような人々が必ず存在することでしょう。

そうであればあるほど、私たちは神様の目的に集中しなければなりません。神様が私たちに下さった計画を実践しなければなりません。

聖書の人物の中に、ネヘミヤという人がいます。
イスラエル民族の人でしたが、ペルシャ王アルタシャスタ一世の酒の管理をする担当役人でした。そのようなネヘミヤが神様から特別な使命を受けるようになります。

当時、エルサレムは壁も崩れ、完全に荒廃している状況でした。ところが、神様はネヘミヤに、エルサレムに行ってその城壁を再建しなさいという使命をくださいました。ネヘミヤは「どうやって自らがそのような仕事ができるのか。今はアルタシャスタ王に仕えているのに、私がどうやってエルサレムに行って聖殿再建のために働けるのか」と悩みながら、使命を実践できるように助けてくださいと、祈祷をずっと神様に捧げました。

神様は本当に神秘的にアルタシャスタ王に役事されました。結局、ネヘミヤはその仕事をするように王の許しを受けただけでなく、王の建築資材までも使えるようになりました。

ネヘミヤがエルサレムに来て、その仕事を始めたとき、周りのサンバラテ、トビヤ、アラビヤ人、アンモン人、アシドド人などが、ネヘミヤと彼に従うイスラエルの人々をあざ笑い、からかいました。さらに彼らは謀議してイスラエル人たちを攻撃し、殺しました。「ネヘミヤ記」第4章16節を見れば、ネヘミヤの部下の半分は、城の建築を続け、残りの半分は攻撃を防ぐ仕事をしました。簡単に言えば、片手で働き、もう片手で武器を持たなければなりませんでした。しかし、ネヘミヤは諦めず、神様が下さった使命を成就しました。

私たちもネヘミヤのように、神様の目標と計画に集中しなければなりません。
ネヘミヤの話のように、私たちも神様が計画されたことをするとき、片手で神様の計画を実践しながら私たちの王国をつくり、もう片手では天使長たちが攻撃するのを防がなければなりません。

アージュ!

 

 
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