亨進様説教 子女教育

神様が下さった特別な贈り物

2018/12/18

子どもたちと向き合うとき、親も子どもと共に成長していきます。

子どもが幼いうちは、「中学や高校になるとこうよ」なんて他の人から聞いても、実感として理解できません。

教会では、中高生からは「兄弟姉妹文化」の旗がひらひらとなびいていました。
最初は、すごいなあという思いでしたが、ちょっと何かが違うなあという思いになりました。
「兄弟姉妹文化」が悪いのではなくて、そこに全てを投げているような、、、。

思春期になれば、親の言うことと自分の考えのバランスの取り方が、子どもによってかなり違いが出るのではないでしょうか。
親より、先輩のいうことを聞くというのも成長の過程でしょう。
また指導する大人の関わり方も微妙になってきます。

部活禁止の地域もありました。
でもそれはどうなのでしょう。
たくさんの可能性や才能を見出す時期です。それに代わることを教会でやるといっても限界があるでしょう。
守りの体制で、育てても、どこかで歪みが生まれるのではないでしょうか。

「二世」という枠でくくって、それが誇りでなく、苦しい「枠」だと子どもたちが感じてしまっては先には進めなくなるのは当然です。
「こうであるべきである」「こうであってほしい」という思いは親ならみんな一度は感じるでしょう。
セミナーに行けば安心し、二世の友達がいれば安心する。「安心」ってなんでしょう。

「祝福」を受けなければ、何か子育ての「失敗」のような、、、そんな雰囲気があったのではないでしょうか。

こうしたらこうなるという方程式で子どもは育ちません。
そこには神様の計画も存在し、親の信仰と心情の成長もあり、子どもも自由と責任で人生を選択するという責任分担があると思います。
親は子どものために祈り、信じ、「伝道」しなくてはならないのだ、、、と最近思います。
とんとんと、コースに乗って素直に青年として活動できる二世もいるでしょう。
家庭連合の統計を見ても一握り。

でもだから?

既存のコースや理想を中心に子どもを見つめず、その子を愛する神様の視線を中心に見つめるとき、「天稟」を見つけられるのだと思います。

そして子どもではなく、「私」が変わること。

書きながら、自分がこうべを垂れています、、、。(;・∀・)

2007年10月の亨進様の説教をご紹介します。子どもの特別な才能をみつけましょう。

皆さん自身を見る時、あるいは皆さんの子女たちを見る時、神様が下さった特別な贈り物(才能)が何であるかを探すことができなければなりません。どのようにして自分の才能を見つけることができるのでしょうか。三つの方法があります。

第一に、その才能を使う時は時間がたつのも忘れます。賛美チームの場合、三、四時間歌の練習をしても、五分練習したかのように感じられると言います。私の妻は、「十時間絵を描いても、時間がとても早く過ぎるように感じる」と言います。

次に、「良心」で分かります。解放、釈放の時代、良心の時代が到来したので、私たちは良心を通して、神様が下さった才能は「これだ」と感じることができます。

第三に、神様が下さった特別な才能と関係する仕事をするようになれば、喜びと、人生に対する情熱を感じるようになります。そればかりでなく、他の人々にも喜びと祝福を分けてあげることができるのです。

問題は、多くの人々が、天が自分に特別な才能を下さったと信じていないことです。絶対に、自分の特別さに対しては疑ってはいけません。自分だけの才能を探して、発展させなければなりません。そして、それを通して成就したことを、世の中の人と分かち合うことができなければなりません。成長過程にある子どもたちは、小さなことにも勇気を失いやすいのです。

私の息子の一人が、運動会でかけっこをして転びました。その小さなこと一つで、自分自身に対して劣っていると思いました。また、別の息子は、「数学ができない」とか「化学ができない」と言って、自らに対する否定的な考えを持ちました。私の妻はそのような子どもたちに、「自分自身を常に尊敬しなければならない」と教え、「神様があなたに下さった特別な才能がある」と言ってあげています。

2007年10月21日亨進様説教「あなたの唯一無二の価値」

 

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