キリスト教

プロテスタントでは教会内に位階は存在しない

キリスト教には、3つの大きな流れがあります。もっとも大きな流れが、ローマ・カトリック教会。

ローマ・カトリック教会
教団の組織は教皇を頂点をしたピラミッド型。カトリックとは「普遍的」を意味し、正当性を主張する名称。

東方正教会
1054年にカトリック教会と袂を分かつことになった東方教会が起源。現在は統一された組織ではなく、各国の教会が自立した組織をもち、東欧、ロシアに多い。

プロテスタント
プロテスタントは16世紀にマルティン・ルターらが当時のカトリック教会の在り方を批判し、推し進めた結果、誕生。
「抗議(プロテスト)する者」が名称の由来。神を信じる者は神の前に立つと考える「万人祭司」を基本とする。

ところで、十字の切り方も違うことをご存知でしたか?

ローマ・カトリック教会では、額→胸→左肩→右肩。
東方正教会では、額→胸→右肩→左肩。
プロテスタントでは十字を切る伝統はありません。またローマ・カトリック教会や東方正教会では聖地がありますが、プロテスタントは聖地を持ちません。聖書のみを拠り所とするためです。

ローマ・カトリック教会、東方正教会で働くのは「神父」、プロテスタントで働くのは「牧師」。
その位置づけは大きく異なります。

ローマ・カトリック教会、東方正教会には聖職位階があります。(ピラミッド型)

ローマ・カトリック教会の組織構造
教皇、枢機卿、司教、司祭(神父)、助祭、平信徒

東方正教会の組織構造
総主教/大主教/府主教(国、地方、規模で名称が異なる)、主教、司祭(神父)、輔債、平信徒

プロテスタントでは教会内に位階は存在しない。それぞれの役割、役職、、という感じでしょうか。
牧師、監督制のある教派では牧師を束ねる役職としての監督、伝道師、平信徒

神父は神と信者の仲介者の役割を果たす聖職者であり、イエスの主要な12人の弟子の後継者として位置づけられ、礼拝儀礼、信徒の指導を行う。

牧師はあくまで教会から委託された任務を果たす立場で、信者の一人である。「監督」がおかれる教派があっても立場は他の牧師と同等。基本的に位階は存在せず、指導者がいないということ。
牧師の「牧」は「羊飼い」を意味し、イエスが自らを子羊たちを導く「善き羊飼い」とたとえたことに由来する。

「万人祭司」という言葉に、そして牧師は信者の一人という考えに共感します。
家庭連合では神父ではなく、牧師ですよね。モクサニムとは牧師様。
でも現実的には、ピラミッド型、聖職位階がありますね。(いや、公職位階?聖職者と呼ぶには抵抗が、、、)

ローマ・カトリック教会にも、東方正教会にも司祭や主教がまとう祭服があります。
頭にかぶる冠ミトラや、ストラ。サッコス、オモフォルなど、、、。

ローマ教皇ベネディクト16世。頭にミトラ (司教冠)を着用している。(ウィキペディア)

ギリシャ正教会の主教達。左手に持つ杖は奉神礼時に用いる権杖。(ウィキペディア)

なんだかどこかでみたような雰囲気?杖も、、、、。

 

ブラザーサン・シスタームーンのラストをご存知でしょうか。
学生時代に見て衝撃でした。

下記、「人生を変えるアタマの引き出しの増やし方」より

『ブラザーサン・シスタームーン』が、時のローマ教皇インノケンティウス3世に布教を認められるシーンをハイライトとして終わるが、これは実はきわめて重要なシーンなのである。


(『ブラザーサン シスタームーン』のシーンから)
「組織」としてのローマカトリック教会を修復するために、その当時の時代状況のなかで異端すれすれであったフランチェスコを、教会内部に抱き込むことで一般信徒たちの離反を防いだ、という組織運営上の大決断であったのだ。

ラストに、教皇がフランチェスコから引き離されていきます。なんだか冠とか、ストラ?とか他の下の者から付けられながら。
結局は、フランチェスコの美しい心に、自らの心が動いても、権力にまとわれていく様に見えました。

家庭連合で講義を担当する人も、現実の見えている公職者の方も同じような世界があるのではないでしょうか・・・。

参考資料:一冊で分かるキリスト教・成美堂出版

(コルコバードのキリスト像フォト:chavylagoon)

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