あれこれ

出会いはキセキ

カープにいたとき、大きな学舎だったので部屋がいくつもありました。

私が入寮してまだそんなにたってなかったころ、霊の親は反対牧師のもとに。
当時、監禁で有名だった教会でしばらく過ごしていたようです。
みんなで戻ってこれるよう祈祷していました。

ある日押し入れから隣の部屋の声が。
学舎長が「mayuchiちゃんにはまだ伝えないでおこう。ショックだろうから」というようなことを言っていたと思います。
彼女が離れたということでした。
学舎長室が隣で、班長会議をしていたようです。
そのあと、しばらく知らないふりしていたような記憶があります。

霊の親はがんばりやさんで、ぼーっとしたような、ほんわかしたような不思議な感じの人でした。
普段は声をかけられてもスルーするのですが、彼女の笑顔がとても純粋で、しかも名前が私の当時とても好きだった作家と同姓同名だったのです。キセキ!と思ってます。

その後ある日、ばったり駅で会いました。
声をかけたら、困ったような作り笑顔で去っていきました。

彼女を監禁?軟禁?あちらへの入信教育?、でも確か大学で、バンで連れて行かれたようだったから監禁だったのかな。
その監禁教会から、当時うちの実家にも電話が来たようです。「お宅の娘さんうんたらかんたらです」?みたいな。
まあ、監禁勧誘?

うちの親は信仰に反対はしていましたが、人から何か言われるのが嫌いなのもあって、
「なんのことだ!」ガシャン!と切ったそう。(;^ω^)
今思えば、ありがとう。

牧師が異端と考えて反対の意見を持つことは自由でしょう。
しかし、愛を説くキリスト教会が、親が子を監禁することを手助けし、お金をたくさんもらうというのはどういうことでしょう。
犯罪組織扱い?だったのかもしれませんが、本来は宗教者として、より親子関係が良くなる道を説くべきなのでは。
その強制的な改宗と監禁を経験した多くの人は、癒えない傷をずっと抱えています。
もちろん、家庭連合側にも、当時もいろんな問題があったということは認識しています。

霊の親をふと思い出しました。
ぽわぽわして、いつまでたっても聖書カバーを作ってくれませんでした。(笑)
霊の親が聖書カバーを手作りでプレゼントする。そんななつかしい習わしがありました。

そういえばあの頃は2Daysの前後には聖書を購入して読むことを勧めていました。
今はどうなのでしょうね。

 

あの時、あの場所で、出会って、み言葉につなげてくれた彼女。
今はどうしているのかもわかりません。
でも彼女に感謝しています。

たくさんの兄弟姉妹と出会って、いろんなことがありました。
神様はいつも人との出会いを通して、私にだけわかるように託したメッセージを投げてくれています。

人との出会いはキセキです。

 
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