あれこれ 聖書

荒野に主の道を備える

女連活動をがんばってる方に少し話をしてみました。
サンクチュアリには興味はないとのこと。宗教はいずれ一つになると言ってました、、、。(@_@)

教会にいろいろ思うことがあっても、ある意味いいとこどりで「自分とは関係ない」という壁が真実を求めようと思わせないのかもしれません。
いいとこどり、っていっても「いいとこ」って何??ですが、、、。(;^ω^)
都合のいいとこ、
自分が相対している事でしょうか。
それは女連の活動だったり、二世教育だったり、清平、先祖解怨だったり、、、。

その全ての先にあるものが何か、それが大切なのではないかと思うのです。(>_<)

 

イザヤ書40章1~5

あなたがたの神は言われる、「慰めよ、わが民を慰めよ、
ねんごろにエルサレムに語り、これに呼ばわれ、その服役の期は終り、そのとがはすでにゆるされ、そのもろもろの罪のために二倍の刑罰を主の手から受けた」。
呼ばわる者の声がする、「荒野に主の道を備え、さばくに、われわれの神のために、大路をまっすぐにせよ。
もろもろの谷は高くせられ、もろもろの山と丘とは低くせられ、高底のある地は平らになり、険しい所は平地となる。
こうして主の栄光があらわれ、人は皆ともにこれを見る。これは主の口が語られたのである」。

 

 

 
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