亨進様説教

イエス様も、お父様もサタンの王国に対して戦いを挑まれたのです。

2015.6.28 亨進様説教 Dying and Living より (日本語訳:三代王権ブログ)

動画:Dying and Living - June 28, 2015 - Rev. Hyung Jin Moon - Sanctuary Church Newfoundland PA

ここでお父様の生涯路程を見ていきたいと思います。

お父様は興南に1948年2月22日から1950年10月14日まで収監されました。そこは肥料の硫酸アンモニウムの生産工場でした。それはロシア(ソ連)に向けて輸送されるべきものでした。20メートルもの高さに積み上げられた硫酸アンモニウムがありそれをシャベルを使って袋に詰めていくのです。10人で1つの班を作り、1日1300(一袋40kg)袋がノルマでした。硫酸アンモニアは有害で毎日吸い込んだり触れたりすると皮膚はただれ、半年後には口からは血を吐くようになります。それをお父様は2年8カ月続けられたのです。お父様は1人で3人分、毎日390袋をこなしました。

1945年第2次世界大戦後、北朝鮮はソビエト側に韓国はアメリカ側に付きました。金日成はソ連と中国から許可を取り付け6月25日(1950)に韓国に侵攻しました。3カ月後、マッカーサー将軍は7万の兵を率いて仁川に上陸し中国軍を押し返しました。1950年10月には国連軍はお父様が居られた興南を解放しました。10月10日、監獄は国連軍進軍の知らせを聞き、囚人達の処刑を計画した。お父様も処刑される日時が決まっていましたがその2日前に国連軍によって解放されました。

その後10日かけて歩いて平壌に行かれかつての弟子たちを集めようとされました。興南に行かれる前、平壌には信徒が30~40人いました。亡くなっていたり、行方不明などでそこで見つけた信徒は5人以下だったと思います。10月25日に中国軍26万が北朝鮮に南下してきました。お父様は平壌に40日間滞在されました。そこでお父様は聖書や衣類を風呂敷に包んで12月中旬、南に向かいました。火を使えません、なぜなら兵士に見つかれば撃たれるからです。火の気もなしに凍えた荒野のような所に出て行かれました。真冬に南へと向かわれたのです。

足を怪我したパク・チョンファを自転車に乗せてお父様が後ろから押し、キム・ウォンピルが荷物を持ち、3人は進みました。
凍りついた坂道では自転車では滑って進めないので、お父様はパク氏を背負って進まれました。この時パク氏はお父様に自分に構わず生き延びて下さいと頼みましたが、お父様は「生きるか死ぬかは天が決める。あなたが決めることではない」とおっしゃりそのまま進み、ソウルに到着されました。

この写真の人々の衣服を見て下さい。皆さんが氷点下の吹雪の中を歩いた経験があるかどうか知りませんが、去年ここ(ニューファンドランド)でも歴史的寒波の到来で記録的な寒さを経験しましたが、この写真にみられるような服装ではありませんでした。湿った体で冷たい夜を迎えるなら凍傷にかかって命を失うでしょう。体を温めたり、衣服を乾かせるために火を使うこともできません。撃たれる危険があるからです。

1951年1月4日、中国軍がソウルを奪還し、お父様は釜山そして大邱など移動されて休戦がなった後、興南解放から3年後、最終的にソウルに戻ってこられました。釜山のボンネッコルに段ボールの小屋を立てられたのもこの頃のことでした。

そして1954年5月1日、世界基督教統一神霊協会を設立されました。この悲惨な戦争で破棄され尽した環境の中でお父様は統一教会を建てられたのです。梨花女子大や延世大などの一流大学の生徒や教授が入教するようになり、教会は急速に成長しました。当時、梨花女子大の約600名の生徒の内380人がお父様の教え、堕落論などを聞いたということです。サタンが摂理の中心となる場に狙いを定めて全てを破壊しつくそうとしてきたことが分かります。興南からの解放、難民としての逃避生活、中国参戦等の激動がようやく治まりを見せたのもつかの間、1955年7月4日にお父様は社会紊乱の罪状を被せられ西大門刑務所に収監されます。

この写真をご覧ください。「原理宣布」とありますね。この時期のお父様を思う時、まさにキリストの愛を実践しておられたことが分かります。火の気もない極寒の中、凍りついた丘を、弟子を励ましながら抱えて進まれる。弟子は自分を見捨てて欲しいというがお父様は許さない。このような激しい苦難の中、真のお父様は弟子に仕え幾度も犠牲になってこられました。

私たちもお互いをそのように見なければなりません。私たちはキリストの戦士なのですから。私たちはみ言に堅く立ち、過ぎ去っては流れて行くだけのこの世的なものに屈してはなりません。
だからわれわれは共に迫害を受け、共に嘲られ、貶される時も一緒に貶されるのです。戦士は戦場でどう振舞うでしょう。互いのために闘い、互いのために生き、互いのために死ぬでしょう。

この前も話しましたが、戦士はするべきことがあります。夜は盾に油を塗り、水に漬け込んで敵の火の矢を防ぐのです。私たちは天の武具を手入れしなければなりません。魂の武具の手入れをするのです。そして王のために命を投げ出す仲間の武具も手入れしなければなりません。真理のためサタンと闘いこの世的なものに屈せずにいると、攻撃を必ず受けるのです。

ある程度までは自分で耐えることができるでしょう、しかしそれには限界があります。その時は仲間の戦士に助けを求めるのです。霊的活動において助けが必要な時があります。私たちはそういう戦いをしているのです。
イエス様も、お父様もサタンの王国に対して戦いを挑まれたのです。利己的な思い、自分が神である、自分がルールを決めるという考えはまさにヒトラーと同じものです。人間が神様の上に立つことなどあり得ません。神様は天宙を創造され人間を創造され、何が善で何が悪かは神様が決められるのです。

 

 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

-亨進様説教