亨進様説教

祝福の聖約④愛と尊敬

2019/01/18

三日行事・祝福の聖約より
The Covenant of the Blessing - April 21, 2015 - Rev. Hyung Jin Moon - Sanctuary Church Newfoundland PA

 

聖書のみ言を見ましょう。これらの聖句を見て頭に来る人がいるでしょうが、これに取り組まなければなりません。これを無視することはできません。エペソ人への手紙5章21節から一緒に読んでみましょう。
エペソ人への手紙5章
21:キリストに対する恐れの心をもって、互に仕え合うべきである。22:妻たる者よ。主に仕えるように自分の夫に仕えなさい。23:キリストが教会のかしらであって、自らは、からだなる教会の救主であられるように、夫は妻のかしらである。24:そして教会がキリストに仕えるように、妻もすべてのことにおいて、夫に仕えるべきである。
25:夫たる者よ。キリストが教会を愛してそのためにご自身をささげられたように、妻を愛しなさい。26:キリストがそうなさったのは、水で洗うことにより、言葉によって、教会をきよめて聖なるものとするためであり、27:また、しみも、しわも、そのたぐいのものがいっさいなく、清くて傷のない栄光の姿の教会を、ご自分に迎えるためである。

男性の皆さんが「やったー!仕えろ!」と言って大喜びする前に、聖句で何と言っているか見てください。
「キリストに対する恐れの心をもって、互に仕え合うべきである。」
これが鍵です。祝福、結婚で皆さんが求めないものは権力闘争ですね。権力闘争は結婚を破壊します。なぜなら、悪魔はそこに侵入し、あなたたちを分裂させます。ですから神様は仕組みを設けました。そういうわけで神様は、その意図されたもののために既に模範を与えています。
「妻たる者よ。主に仕えるように自分の夫に仕えなさい。」
「教会がキリストに仕えるように」

同時に、夫、私たちは「キリストが教会を愛するように」妻を愛さなければなりません。どれほど愛したのでしょうか?死ぬほど愛しました。死に至るほどの絶対的な犠牲のことを言っています。では、これを見てください。とても重要です。多くの夫が好きな言葉です。
「そして教会がキリストに仕えるように、妻もすべてのことにおいて、夫に仕えるべきである。」
「やったー!フットボールでもなんでも持ってきて」

そうではありません。聖句で何と言っているか見てください。どのようにして本物の男性になりますか?
「水で洗うことにより、言葉によって、きよめて聖なるものとする」必要があります。毎日み言を学んでいる男性は何人いますか?本物の男性は、み言を学んでいなければなりません。家庭の聖職者となるのです。み言を学んでいないなら、本物の男性ではありません。み言を学ばなければなりません。家の聖職者とならなければなりません。何と言っているか見ましょう。あなたは「言葉によって水で洗」わなければなりません。私たちは、み言で配偶者をきれいにすることになっています。これは非難のメッセージではありません。そうですね。み言でわかるように、男性は家庭の聖職者とならなければなりません。私たちは、単なる自分の意見や感情ではなくて、み言で妻と話し、み言で付き合わなければなりません。私たちが家庭を主導しなければなりません。そうですね?

ですからこれは祝福結婚で復帰された男性の重要な役割です。夫は聖職者となり、み言を学び、み言で配偶者を洗うのです。素晴らしいと思いませんか?素晴らしくないでしょうか?それが、私たちがすべきことです。私たちは神のみ言で妻を愛するのです。ですから、私たちは聖書を勉強しなければなりません。原理を、天聖経を勉強しなければなりません。私たちは、み言を学ばなければなりません。そして、とりわけ妻を神のみ言で励まさなければなりません。妻に語るのは美しくロマンチックな言葉だけではありません。

私たちの結婚は、男女が出会って愛し合うだけのものではありません。皆さん、それが結婚ではないのです。あなた自身のことではないのですか?そう、あなた自身のことではありません。結婚は神様のことなのです。しかし、自分のために結婚したいという人はどれくらいいますか?結婚は自分のためではないと言う説教者はたくさんいます。結婚は自分のためではありません。それは、神様との永遠の聖約です。
それで私たちは、家庭の聖職者となって、妻を水で洗う、つまり、み言で妻を励まし、み言で信徒を正すようにみ言で妻を正さなければなりません。また、神様のみ言で、妻を正し、励まし、何かをできるようにし、高め、力を与えなければなりません。それが重要です。

エペソ人への手紙5章
28:それと同じく、夫も自分の妻を、自分のからだのように愛さねばならない。自分の妻を愛する者は、自分自身を愛するのである。29:自分自身を憎んだ者は、いまだかつて、ひとりもいない。かえって、キリストが教会になさったようにして、おのれを育て養うのが常である。30:わたしたちは、キリストのからだの肢体なのである。
31:「それゆえに、人は父母を離れてその妻と結ばれ、ふたりの者は一体となるべきである」。32:この奥義は大きい。それは、キリストと教会とをさしている。
33:いずれにしても、あなたがたは、それぞれ、自分の妻を自分自身のように愛しなさい。妻もまた夫を敬いなさい。

皆さん、結婚の重要な鍵があります。神様のみ言にその鍵があります。この最後の部分にあります。見てください。
夫のみなさん、私たちは、妻を愛さなければなりません。妻を愛することを勧めると書いてありますか?妻を愛することを希望すると書いてありますか?何と書いてありますか?妻を愛さなければなりません。これはアガペーの愛です。これは無条件の愛です。結婚したとき、自分の妻が愛せないときがあることにすぐに気付くでしょう。そう思う人は何人いますか?嘘をつかないで。嘘をつかないでください。すぐに悔い改めてください。今すぐその悪魔に勝たないといけませんね。ときどき妻が愛せなくなることがありますが、無条件に妻を愛さなければなりません。

(女性が)大喜びする前に、聖句の最後に何とありますか?「妻もまた夫を敬いなさい。」です。
これはギリシャ語では「フォーベィ」であり、無条件の尊敬を意味しています。結婚して、夫が尊敬できないことがときどきあることを知っている人は何人いますか?あなたは「この男性を尊敬できない」と感じるのです。あなたが家でときどきある男性と顔を合わせますが、彼は夫であり、あなたから見てまったく尊敬できないのです。同じように、夫も女性と顔を合わせますが、それが妻であり、ときどきまったく愛せないのです。

さて、祝福を受ける前や、結婚前のカウンセリングでは普通、最初の部分しか聞きません。「男性は妻を無条件に愛さなければならない。そして、夫婦はお互いに無条件に愛し合わなければならない」とだけ聞きます。これについては、現在、たくさんの研究があり、エマーソン・アグリッチ(Emerson Eggerichs)師による素晴らしい教えがあります。師は、女性が尊敬できると感じるには愛が必要であり、尊いと感じるには愛が必要だということを証明する研究を発表しています。同意する女性は何人いますか?
女性が尊敬を必要としないという意味ではなく、第一の栄養源として愛が必要だということです。

さて、もう一つの研究では、男性は、愛はあまり必要でなく、尊敬を求めるということです。尊敬を求めます。ある調査では、男性が、人と関係を持ったまま軽蔑されるより、孤独でも軽蔑されないほうが良いか尋ねられました。どちらを選びますか?彼らは、むしろ孤独であることを選びました。男性は、愛されていると感じるよりも尊敬されていると感じる必要があるように造られています。皆さん、違いますか?

女性は、尊敬されるよりも愛される必要があり、男性は愛されるよりも尊敬される必要があります。ですから、皆さんの祝福、結婚では、このみ言にしがみつくことが非常に重要です。愛と尊敬。愛と尊敬がすべてです。私たちは、それを提案されているのではなく、神様によってそうすることを命じられています。

 

2015・2016説教&資料にPDFをアップしました。

 

 

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