あれこれ

神様の願いを自分でつかむ

愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。

ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです。

主の日は盗人のようにやって来ます。その日、天は激しい音をたてながら消えうせ、自然界の諸要素は熱に熔け尽くし、地とそこで造り出されたものは暴かれてしまいます。

このように、すべてのものは滅び去るのですから、あなたがたは聖なる信心深い生活を送らなければなりません。

神の日の来るのを待ち望み、また、それが来るのを早めるようにすべきです。その日、天は焼け崩れ、自然界の諸要素は燃え尽き、熔け去ることでしょう。

しかしわたしたちは、義の宿る新しい天と新しい地とを、神の約束に従って待ち望んでいるのです。

(ペトロの手紙二 3:8-13)

『聖書 新共同訳』より引用

日本聖書協会 今日の聖句

 

今のときは、私は何をするか、、、神様は何を自分に願われているかということを自分自身でつかむことが大切だと感じています。
何故こうしないのだろうかとか、こうすればいいのに、こうすべきだとか、人に目を向けてばかりいると気持ちのストレスと共に大事な時間が奪われる。
誰かの「マイナス」要素を指摘することは結果的にすべて自分に返ってくる。
自分は人に言えるだけのことをしているか自問する必要がある。
そう考えたとき、悔い改めさせられることのほうが多い気がします。

自分が何をするか、それをつかんで小さな一歩を自分で踏み出す。
誰かがやってくれるだろう、、、ではなく。。。。

サンクチュアリはそういうとこなのではないかな。(*^^*)

 

 

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