亨進様説教

皆がキリストを、私たちの神様として侍るべきである

私たちはお父様に直接侍りながら、内室(父母様のプライベートな生活空間)の様子を見ました。そして二つの世界を経験しました。一般のシックは、指導者たちが「アボニムは、これこれこんな方だ」と言う内容だけを頼りに、お父様を知るようになります。半面、内室に入るとお父様を直にお会いします。どのような方なのか、直接知るようになります。

指導者を通してではなく、直接お会いします。内室に入るまでは、私たちがいろんな条件を立てたから、お父様が指示された事を実行したから、私たちが教会に中で認められているから、などと考えますが、入ってみるとこれは、指導者たちが作りあげた世界だったのです。

本当の世界、指導者たちが経験する世界はどうでしょうか。それは恩恵恩寵の愛のお父様です。もちろん、怖い部分もあり得ますよね。何故?愛の神様は、罪を憎まなければなりません。愛の神であるなら、憎悪が必要です。罪悪を憎悪しないといけません。私は妻を愛するが故に、不倫とか淫乱を憎まなければいけません。愛があるなら、憎まなければいけません。愛を壊すものを憎まなければいけません。そうでしょ?そのようにして、指導者と真の子女たちが経験できるアボニムはどんな方でしょうか。

指導者は過ちを犯しても、資産を隠匿しても、盗んでも、アボニムに詐欺を行っても、お父様の赦しを受けました。
そうでしょ?お父様に赦していただきました。子女たちもそうです。大きく堕落したとしても、アボニムの愛と赦しの世界と恩恵恩寵、恵みの世界に出会いました。それがお父様の現実でした。

ところが指導者たちはどうかと言うと、この現実をシックには見せませんでした。自分たちだけでその恩恵を受ける半面で、シックたちに対しては、自分がすばらしい結果を出したから、偉いからお父様が自分を継続してお使いになるのだと言うのです。そうして、シックがその指導者を偶像化するようにしました。そのような文化になったのです。36家庭であろうと、72家庭であろうと、指導者であろうと、自分たちが偶像になってしまったのです。真の家庭の子女たちも同じでした。

皆がキリストを、私たちの神様として侍るべきであることを、確実に知ってください。(アジュ)皆がです。王妃から末端の僕まで、王様は一人です。万王の王そうでしょ? 

そのような現実が、私たちの文化を最悪の文化、不正と腐敗の文化、毒性の文化にしてしまいました。
だから2世たちが、皆離れてしまったでしょう。私たちが、お父様の恩恵恩寵の世界がシックたちには及ばないようにしたのは事実です。シックがお父様を見るときには、恐怖の神様、権力の神様、そのような部分だけが見えました。
「一度でも過ちを犯したら、追い出す」そんな神様が見えました。指導者たちは、そんなアボニムを経験しませんでした。実際、指導者たちは、とんでもない失敗をしても、日本のシックの献金を全部失くしても、公金で自分の家をいくつも買っても、アボニムに行って悔い改めさえすれば、お父様はその内容を赦して下さる場面を私は見ました。

中心人物が堕落した時も、お赦しになりました。では何故、その文化が下へと浸透しなかったでしょうか。
それは、指導者たちの責任です。愛のアボニム、恩恵恩寵のアボニムをシックに教えるべきなのに、自分の地位を守るため、シックの尊敬を自分に集めるため、36家庭なら36家庭として、何家庭ならその家庭としての尊敬をシックから得るために、その現実、恩恵恩寵の神様の現実を教えませんでした。

これは問題です。このような訳で、シックはアボニムを恐れました。恐怖のアボジ、旧約聖書のアボジだと考えました。ですから私たちの文化は旧約聖書の文化に戻ってしまいました。成約時代なのに、旧約時代にまた戻ってしまいました。

「私はあなたよりも地位が高い。あなたよりも偉い。あなたは親不孝者だ」
神様の赦しはどこにあるのですか。誰一人として、神様の恩恵恩寵を受けるに値する人はいません。誰一人と赦されるべき人はいません。誰一人と。世界中で一人もいません。なのに何故、私たちはそのような驚くべき祝福を受けたのでしょうか。その理由は、私たちがすばらしいからでは無く、神様がすばらしいからです。私たちの愛が広いからでは無く、神様の愛が広いからです。これを、私たちは忘れていたのです。私たちは、授かるべき者ではありません。

血統の秘密 Rev. Hyung Jin Moon
2015/1/18

 

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