亨進様説教

ほんの少しの信仰があれば、それを神様は用いられるというのです

それにしても青年達が前で、手を挙げて人のために祈ったことはよかった。もちろん彼らも不完全な者たちですが、彼らには一つの・・・心の清さがあります。青年の中には心に葛藤を抱え、神様について学習中でまだまだ質問すべきことがある者もいるでしょう。でもそれが普通なのです。彼らの若さでは「神は本当に存在するのか」という疑問を持つものです。それが問題ではありません。問題は彼らの願い・・必ずしもそのすべてではないにしても、その中の一部に清らかさがあるというのです。彼らを満足させようとこれを言っているのではありません、彼らも葛藤をたくさん抱えているのですから。だけど一片の清らかさを持っている。

神様は「からし種」ほどの信仰を用いられるということを覚えていますか。彼らに大きな信仰は必要ありません。たとえ少しでもあれば・・たとえ少しでもあるなら・・・。「もし御心ならば、この人を癒してください」という願いがあれば、ほんの少しの信仰があれば、それを神様は用いられるというのです。大きな信仰は必要ないのです。惑星サイズの信仰は必要ありません。小さな、小さな、からし種の信仰でいいのです。神様はそれを用いて山を動かすでしょう。だから青年はどういうことが起きるか知らないかもしれません。また何が起きるのかを知る必要もないのです、神様がそれをご存知です。何に苦しんでいるのか、何を押し通して戦うべきなのか、それは神様がご存知なのです。だから青年たちの手を使って、癒しの手に変えるのです。

礼拝説教
Sunday Service
Rev. Hyung Jin Moon
2019/1/13

 

 

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